住職あいさつ
石鎚 賢澄
石鎚山 慈眼寺 住職
当山のウェブサイトをご覧いただき、ありがとうございます。住職の石鎚賢澄と申します。
慈眼寺は、特定の本山や巡礼路に属さない、独立した小さな祈りの場です。伝えられるところによれば、大同二年(807年)、諸国を行脚していた空海(弘法大師)がこの山あいで暫くの間、草庵を結んだのが始まりとされています。史実としての確証はございませんが、この土地に生きた人々が大切に語り継いできた物語として、私もまた受け継いでいます。
住職を拝命して以来、私が心がけているのはただ一つ、「ここに来れば、少し息がしやすくなる」と感じていただける場所であり続けることです。立派な教えを説くよりも、まずは並んで座り、同じ空気を吸う。それだけで十分だと、日々の坐禅の中で教えられています。
坐禅体験や写経体験でお越しくださる方の中には、遠方から、あるいは人生の節目に立たれてこの山あいまで足を運んでくださる方も少なくありません。どうぞ気負わず、ふらりとお立ち寄りください。
石鎚山 慈眼寺 住職 石鎚 賢澄
寺院概要
沿革
伝 大同二年(807年)
諸国を行脚していた空海(弘法大師)がこの山あいで暫く草庵を結び、これが開創の伝承として今に伝わる。
伝 中世(14世紀頃)
兵火により堂宇の多くを焼失したと伝わるが、地元の人々の支援により再建されたとの記録が残る。
伝 江戸期(18世紀頃)
本堂・山門の改築とあわせ、境内の庭園が整えられたとされる。
明治期
廃仏毀釈の混乱の中でも、地域住民の手により堂宇と法灯が守り継がれる。
昭和後期
台風被害を受けた本堂の大規模な修復を実施。屋根瓦・木組みの一部を今に伝える。
平成期
境内の庭園整備を進め、オリジナル御朱印帳「雲海」の授与を開始。
令和期(現在)
坐禅体験・写経体験を本格的に開始。年間300名を超える方々をお迎えしている。